――刺身の旨さの代償か、それとも油断か。胃之頭、胃の激痛と向き合うその日は、少しだけ贅沢をした仕事を終えた帰り道。ふと、魚が食べたくなった。(心の声)「今日は……刺身だな」暖簾をくぐる。カウンターに座る。運ばれてきたのは、艶のある刺身の盛り合わせ。マグロ、サーモン、そしてイカ。(心の声)「いい色だ……これは当たりだ」醤油に少しだけつけて、口へ運ぶ。(……)(心の声)「うまい」脂、歯ごたえ、そして静かな甘み。何も言うことはない。異変は、食後しばらくしてから来た店を出て、しばらく歩いた頃。(……?)胃の奥に、違和感。(心の声)「なんだ……?」痛み、とまではいかない。だが、確実に“何か”がある。時間が経つにつれて、それは変わっていく。違和感・・・不快感 ・・・痛み。そして――(心の声)「……これは、まずいな」刺すような痛みが、波のように押し寄せる。夜中、増していく痛み帰宅後も、痛みは引かない。横になる。だが、楽にならない。(心の声)「胃が……掴まれているみたいだ」一定ではない。周期的に、強くなる。(心の声)「食あたり……いや、違うな」頭の中に、ひとつの言葉が浮かぶ。──アニサキス。アニサキスアニサキスとは何か生の魚介類に寄生する寄生虫。体内に入ると、胃や腸に刺さり、激しい痛みを引き起こす。・数時間後に突然の激痛・みぞおちの強い痛み・波のように繰り返すまさに、今の状態だ。(心の声)「これは……当たりを引いたな」嬉しくない方の“当たり”だ。痛みは我慢できるレベルではない。朝になっても痛みは消えない。むしろ、鋭さを増している。(心の声)「これは……行くしかない」向かったのは、消化器内科。WEBで朝一番の予約。受付を済ませ、診察室へ簡単な問診。「何か生ものは食べましたか?」(心の声)「やはり、そこか」「アニサキスの可能性がありますね。胃カメラで確認しましょう」胃カメラ――その言葉に、一瞬ためらいがよぎる。「苦しいんじゃないか?」そんな不安を見透かしたかのように、医師は続けた。「鎮静剤を使えば、眠っている間に終わりますよ」胃カメラという“即効性のある解決策”アニサキスは、薬ではすぐに消えない。だが――胃カメラなら直接取り除くことができる。(心の声)「つまり……見つけて、取る」シンプルだが、確実な方法。検査室――点滴が準備され、鎮静剤がゆっくりと流れ込む。「少しぼーっとしてきますよ」その言葉を最後に――意識は、ふっと遠のいた。・・・・・。・・・・・・・・・。「胃之頭さん、終わりましたよ」その声で目が覚める。時間の感覚はない。だが確かに、あの激痛は消えていた。「やっぱりアニサキスでした。胃の中にいましたので、内視鏡で取りました」(心の声)「やはりな」納得と、安堵。この二つが同時に来る。画像に映る、小さな白い虫。あれが、あの痛みの正体。そして同時に思う。「……もう終わったのか」苦しさも、恐怖も、ほとんど記憶にない。ただ、気づいたら治っていた。それが、“鎮静剤を使った胃カメラ”だった。刺身は悪くない。ただ、知っておくべきこと。誤解してはいけない。刺身は悪くない。むしろ、日本の食文化の宝だ。だが――リスクがゼロではない。・新鮮でも起こる・見た目では分からない・誰にでも起こりうるだからこそ、知っておくことが大切だ。胃カメラは“原因を即座に解決する手段”今回のように、・原因が明確・物理的に存在する場合、胃カメラは非常に強い。ただ見るだけではない。“治療”にもなる検査だ。我慢しないという選択もしあのまま我慢していたら。痛みは数日続いていた可能性もある。(心の声)「早く来て正解だったな」違和感や痛みには、理由がある。そしてそれは、確認すれば解決できることも多い。ーーーーそしてまた、食べる日常へ数日後。再び、食事の時間。(心の声)「……さて」箸を取る。少しだけ、慎重になる。だが――(……)(心の声)「うまい」やはり、食べることはやめられない。最後に ── 孤独のカメラは続いていく一話ごとに完結しながら、静かに積み重ねられていく物語がある。『孤独のカメラ』もまた、一度きりで終わるものではない。腸を整え、胃を清める。そうしてまた、何の変哲もない――だが、かけがえのない日常の食事へと戻っていく。